粉雪2-sleeping beauty-
『…俺は約束通り、煙草届けに来ただけなんだよ。』



…また“約束”かよ…。


いい加減、嫌になる…。



「…だから?」


ため息をつき、睨み付けるように振り返った。


視界の端には、不安そうに見守る千里の顔がある。



『お前の役目は、点滴が終わったら、千里を無事に家に送り届けることだ。』


「…てめぇがやれよ。」


眉をしかめた。


コイツに、こんなことを言われたくない。


まだ惨めに千里と顔を合わせることなんて、これ以上は出来ない。



スーツの内ポケットから紙切れを取り出した嵐は、

それを俺のスーツのポケットに忍ばせた。


それが名刺であることは、すぐにわかった。



『連絡ちょーだいね♪』


俺の肩を二度叩いた嵐は、不敵に笑って部屋を出た。


ガラガラッと引かれたドアは、同じようにガラガラッと音を立てて閉まる。


革靴の足音が次第に遠ざかっていき、文字通り、嵐が去ったことを告げてくれた。


俺達の間に吹き抜けた嵐は、千里の涙を持ち帰り、

代わりに気まずい空気を残していった。


本当に、よくわからない男だと思う。



『…またあたし、マツに頼ることになるんだね…。』


肩を落とした千里は、少しだけ悲しそうに笑っていた。



「…嫌なら良いよ。」


『嫌だよ。』


俺の目をハッキリと見据え、そう言った。


だけど次の瞬間には、その顔からはクスッと笑った笑みが零れた。


『…嫌だけど、あたし、一人じゃご飯食べらんないの。』


「…そりゃあ、困ったな。」


そんな顔に、俺も少しだけ笑うことが出来た。


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