粉雪2-sleeping beauty-
―コンコン!…

『酒井さん。
入りますね。』


―ガチャ…

『ご気分いかがですか?
コレ、検温してくださいね。
それから、先生が来てくれますから。』


入ってきた看護師は、体温計を渡しながら、少しだけ眼鏡を下げて微笑んだ。


ふくよかで物腰の柔らかい看護師に安心し、俺は少しだけ会釈をする。



「…ルミ呼んできてやるから。」


入れ違うように、その言葉をまだ俯いている千里に残し、部屋を出た。





シンと静まり返った病院の廊下の肌寒さに少しだけ身を縮め、

襲ってくる疲労感と睡魔を噛み殺した。


辺りを見回すと、薄暗い廊下の突き当たり、

自動販売機とついていないテレビのある向かいのソファーに、

ポツンとルミの姿がある。


響く俺の革靴の音に気付いたルミは、こちらに顔だけ向けて力なく笑った。



「…嵐と真鍋は…?」


『…嵐さん、お店戻ったよ。
終わってからまた来るって。
真鍋さんも奥さん予定日近いし、心配だから帰らせた。』


「…そっか。」


自動販売機にお金を入れ、ホットのコーヒーを選んでボタンを押す。


ガシャッと重い音が響き、それを合図にコーヒーを取り出した。


ルミの横に腰掛け、プルタブを開けると、小気味良い音が鳴る。


流し込んだコーヒーは熱くて、

たったそれだけのことなのに、何故か泣きそうになった。



『…ママ、もぉあんなことしない…?』


「俺がさせねぇから。」


悲しそうな顔で聞いてくるルミに、少しだけ口元を緩ませた。


力なく頷いたルミは、立ち上がり、自分の持っていた缶をゴミ箱に入れ、

“ママに会いに行ってくる”と言って、病室の方に足を進めた。



裏切ってごめんな、ルミ…。


だけど俺がこれからすることは、誰にも理解してもらおうなんて思ってねぇから…。


命日の日まで、千里を支えてやってくれ…。



ルミの後ろ姿を見送りながら、唇を噛み締めた。


振り払うように流し込んだコーヒーはやっぱり熱くて、

雪のように冷たくなった指先を温める。


< 292 / 372 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop