粉雪2-sleeping beauty-
「…アイツが来たら、毎回そーやって泣くのか?」


『―――ッ!』


俺の言葉に何も言えない千里を、ただ見つめ続けた。


人の居なくなった店の中で、千里の震える息遣いが響く。



俺、マジで河本を恨んだよ…。


俺が一年間お前にしてきたことが、あの男が現れただけで全部水の泡になっちゃって。


まだ癒えてない千里の傷は、更に大きなものになったんだ。



それと同時に、自分の不甲斐なさに、泣けてきた。


人って、怒りや悔しさを通り越すと、泣けてくるもんなんだな。


手を伸ばせば、届く位置に居るのに。





『…あたし、馬鹿だよね…。』


どれくらい時間が経ったのだろう、千里は、俺の横に腰を下ろした。


そして机の上に置かれたままになっていた名刺を見つめながら、

俺の煙草から一本抜き取った。



『…もぉ大丈夫だよ…。
ありがとね、マツ…。』


「―――ッ!」


千里は少しだけ、悲しそうに笑っていた。



“大丈夫”とか、“ありがとう”とか…。


千里はいつも、こんな言葉ばかりだ。



狂ったように泣き叫んで、俺に縋り付けば良いのに。


そしたら俺は、千里を抱き締めることが出来るのに。



何も言えず、ため息を吐き出して天井を仰いだ。


横からは、千里の煙草を吸う息遣いが聞こえてくる。



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