だから、君に
母が椅子に座り、その肩に手をかけて芹澤さんが立っている。微笑んでいる母に比べ、少しひきつった面持ちの彼の横で、小学生の僕はこれまた緊張した顔をして、よそ行きの服を着ていた。
そして母の後ろで、珍しく自然な笑顔をしているのは、由紀だ。

「……由紀は、」

僕がじっと見ているものに気がついたのか、母はぽろりとその名前を口にした。

「由紀は本当に、きれいな子だったねえ」

「……まだ飾ってるんだ、あれ」

「うん」

どうして、とは聞かなかった。

「ねえ、母さん」

「うん?」

「芹澤さんとはもう会ってないの」

「……そうねえ。でも年賀状はやりとりしてるよ」

今年も来てるよ、と母はこたつの片隅にまとめられていたハガキの束に手を伸ばし、一枚を引き抜いた。

それを受け取り、住所をじっと見つめる。十分会いに行ける場所だ。
ここを出て家に戻る途中に、寄っていけるだろう。
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