みどりちゃんの初恋

「ホント。千紗はみどりさんに甘いよね」

「甘い?」

「うん。俺が千紗に甘いのと同じくらいね」

 千紗を後ろから抱きしめようとする樹は、それこそ甘い微笑みを浮かべている。そんな詐欺師の様な甘い誘惑に騙されるような千紗ではない。

 こちらも負けじと、普段あまり見られない(ある時、樹が絶滅危惧種に指定した、美しいだけでは形容出来ない)笑みを向けた千紗は、「タツ兄ちゃん」と昔の呼び名で樹を罠にかける。

「うっ……そうきたか」

 四捨五入したら30のおっさんとぴちぴちの高3の女子高生の攻防は大概、女子高生に軍配が上がるのだ。

 どうにかこうにか女子高生を負けさせたいおっさんの戦いは、チャイム音によって試合終了。

 ペルシャ猫のコマチは千紗の足元。柴犬のレオンは玄関へ走る。

 リビングに現われたのは、額に汗を浮かべる広川卓也。電話してから約5分。なかなかの早い登場だ。

「何か飲む? 蒸し暑い外を走り回ってたんでしょう?」

「ああ。 頼む」

 袖を捲ったワイシャツの胸元をぱたぱたとやり、一呼吸置いた卓也は、みどりが寝ているソファーを覗きこんだ。

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