境界
【第3章】悲劇の予兆
 幸子と榎坂は、僕と幸子が付き合う前に出会っていた。
 幸子の妹愛香の土曜参観日で出会う。
 幸子と愛香は13歳年が離れていることもあり、姉妹というより親子に似た関係だった。
 愛香が小学一年生、はじめての土曜参観日のときのことである。

「もっと、こっちに来て。」

 何やら、幸子の隣の男性が妻らしき女性に、強い口調で怒られているようである。

「別に、ここでもいいやろ。」

「何でもいいから、こっちに。」

 その男性は半ば強制的に誘導されているようである。
 幸子は思った。

「なんて気のきつい奥さんなんだろう。
参観授業の教室の中で夫婦喧嘩をしなくても…」

 後々知ることになるが、この男性が榎坂吾郎であり、その妻智美である。
 吾郎はかなりの女たらしであるであることも、いずれ知ることになる。
 この時、吾郎は既に幸子に眼を付けていたのである。
 そんなことは、幸子は知るよしもなかった。
 教室の狭さのせいでもあるが、吾郎が幸子にくっついていたように、智美が思ったのが夫婦喧嘩の原因であったようだ。
 幸子は全く気にしていなかった。
 家は近所だということぐらいは知っていたが、吾郎に対しては関心もなかったため、愛香の同級生の父親という認識ぐらいしかなかった。



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