テアトロ・ド・ペラの憂鬱







けれどたまーに、凄まじい悲鳴やヒステリーな怒鳴り声が響き渡る時がある。

決して小さくない物がガタゴトと室内を飛び交う音と、それを縫うように叫ぶ女の声と、男の悲鳴。

一度、古いダイヤル式のテレビが三階の窓から路地に投げ捨てられたこともあった――どうやら原因はケンカらしかったが、太く低いそれはもう恐ろしい怒鳴り声がしてその日のアパルトは一日静かだった。


けれど反して、そういった喧嘩が朝に起きたとしても、昼には女性はにこにことしておめかしして、喧嘩相手の男性と腕を組んで出掛けたり、たまに激しい時なんかは、アモーレを囁きながらベッドをぎしぎしさせる音が恥も外聞もなく、開け放たれた窓から聞こえてくる時だってある。


女性はひとりだけだけれど、特に美人ってわけでもスタイルがいいわけでもない。

いつも纏っている服は、とてもお洒落でスタイリッシュだとは思うけどそれだけ――いいや違う。
ちょっと不思議なことがまだあった。

それは去年のプリマヴェーラ(春)。
たまたま路地の椅子に腰掛けて読書をしていた僕の前を、一瞬記憶を飛ばしてしまうような美女が通り過ぎたのだ。






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