恋口の切りかた
悲しくて、悲しくて、

私は円士郎の着物に顔を埋めて泣いた。

「なんで……? どういうことなの……?」

「あいつは──伊羽青文だ。『遊水』なんて男は存在しない」

抱きすくめられたまま、そんな円士郎の声が頭の上から降ってきた。

「存在……しない?」

「最初から、俺たちは騙されてたんだよ。
青文は町人になりすますことで、ずっと自分の目で城下や武家の裏や表を探ってたんだ。
同時に家中の者の目を欺いて、俺たち結城家の人間と繋がりを持った。

表の顔は武家に顔が利く金魚屋で、裏では操り屋、なんて都合がいいだろ。

『遊水』という男は、あいつが目的のためにずっと演じていただけの存在だ」


騙されていた──

演じていただけの存在──


私は頭を動かして、円士郎の顔を見上げた。

円士郎は、少しつらそうな、優しい目で私を見下ろしていた。


「俺も、二月にあいつの屋敷に行った時に初めて知ったんだ。
親父は初めから全部知ってやがったけどな」

「え……?」

「ほら、五年前に会った時──あいつが親父に言ってたろ『うまくやります』ってな」

私は昔の記憶を辿った。

あの時、覆面家老がそんなことを言っていた気もした。


「そうやって国の事情に通じていたから──だからこそ、伊羽青文はこの国始まって以来の善政をしくことができた」


そう言う円士郎の目を見つめて、

騙されていたと語っていても、
円士郎があの金髪の若者のことを信頼しているのだということが私には伝わってきた。
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