恋口の切りかた

六、道場破り


  【剣】

結城晴蔵は変わった人だ。


昔は武士の世界というものを──
というより世界というもの自体を
私はあまり理解していなかったため、全然気がつかなかったのだけれど。


幼い日、

漣太郎や平司を、私たち農民や町人と同じ寺子屋に行かせていた(*)ことからして、
相当な変わり者だったと言える。
そこでしか得られないものを得、学べないことを学べということだったらしいけれど……

平司はともかく、
円士郎が学んだのは、ひたすら寺子屋の子供に喧嘩を売って勝負することだったのではないかという気もする。

でも、おかげで私は円士郎と巡り会えた。
それは私にとっては、結城晴蔵の変わった教育方針のおかげで得ることのできた、とてもとても得難いものだと思う。


そして

父上がそんな変わり者だということを
改めて私が実感した出来事が──


平司と私の元服だった。



年が明けて正月、

平司は元服して、父上から英克という諱を与えられ、結城英克となった。

ヒデカツ? ヒデヨシ? エイコク?
私には読み方はわからなかったけれど……

諱というのは書面上に書く正式の名前で、
無闇に他人が口に出して呼んではいけないものらしい。

それは円士郎の元服の時にも教えてもらった。

円士郎にも直秋っていう諱がちゃんとあるけれど、例え私たち家族であってもこっちの本名を呼んだりはしない。

なんでも、
本当の名前を知られると相手に支配される
という迷信があるんだとか何とか……。


だから平司が普段名乗る名前もあって、
それはトウマ──冬馬になった。



まあ、それは普通のことだ。


問題はここからで──

さすがに
それがおかしいということは私にもわかった。



(*寺子屋に行かせていた:藩校が普及するより以前、武士の子は家で親が教育を施すのが普通。この藩では先法家筆頭の結城家に倣って、藩士の子も寺子屋にも通うことが浸透しているという設定)
< 507 / 2,446 >

この作品をシェア

pagetop