蛙の腹
僕は財布の中身を気にした。

「ぎりぎりだな。」

聴こえないぐらいの声で僕は呟いた。

「勘定は割り勘でお願いしてもいい?」

ふたりはそれぞれの勘定を済ませカレー屋を出た。

風が全身を触り気持ち良さを感じた。

僕は空を見上げた。
広く感じた、自由だと思った。

この感じがいつも心のなかに常備されていればいいと思った。
人の心を入れ替えたいと思った。

彼女が「今日は月が出てるね、こんなとき散歩すると気持ち良いね。」
誘いを拒絶するように僕はネオン光に輝いた看板を見つめていて無視した。

「いつものところでもう少し話そう。」

彼女は綺麗な女性だ。
けれどお互いで線を引いている。

僕は彼女の母性のなさに、彼女は僕のたよりなく父性のかけらもないところを知って踏み込まない。

目を伏せあっている。
表面的な会話で近づけるところまで、理解できるところまで触れようとする。

過去に数え切れない言葉がふたりの間には交わされた。

けれど、汲んでも汲みきれない言葉をいくら語っても僕は彼女を知らないことに気付く。

おそらく彼女も僕のことを本当の意味で理解はしてくれてないだろう。
知ったのは嗜好性と性格、そして行過ぎる時間のなかでの経験にすぎない。

僕たちは二人はとても似ている存在だった。

男と女はセックスなしでは近づかないことを知った。
それでも、彼女を抱きしめた後、彼女を理解したと思いたくもないと思った。

それも一瞬、心が重なったと勘違いできるだけのことだと思った。

しかし、僕には彼女に欲情できないことも理由もある。
彼女はときどきサインを出す。
僕もときどきサインをだす。
それは二人の関係を野心的に冒険しようとする試みだ。
だがお互いはすれ違うままだ。

僕は、このまま一生この未然の関係をつづけて、ふたりの未来を封印してもいいと思った。
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