キミは聞こえる
 とにもかくにも、今はいっこくも早くめんどくさがり屋の自分を叱咤して、クラスメイトの名前と顔を一日でも早く覚えることだろう。

 数学の先生とか、世界史担当とか、あの教頭っぽい人とか、名前を覚えなくても済むどうでもいいやつらと生徒は違う。

 すくなくとも、クラスの人くらい覚えなくては。

 恋愛などしている暇はない。

 もっとも、面倒は心の底からご免被る。

 とびっきりの笑顔で言ってやってもいい。

 お願いだから、余計なお世話をしないでくれと。

「そう? だったらこのまま私らは観察させてもらいますけど」
「観察って……」
「だってマジでめずらしいんだもん、あの設楽が自分から女に進んでアタックするなんてさ。あいつ、なにもしなくてもまるで磁力が働いてるみたいにメスたちが寄ってくるから、こういうのってなかなか貴重なんだよね」

 ねぇ、と二人は顔を見合わせる。
 どうやらこの二人、設楽に特別好意を寄せているというわけではないらしい。

 ただ、見ていて"面白い"という、ある意味"玩具"として扱われているだけのようだ。

 今度は設楽に同情した。

 ……君、それではもはや実験用マウスじゃないか。

 そして、そのマウスが向かう先にいるのが自分というのが納得できない。

 彼女たちの観察材料はあくまでも設楽だけのようなのでそこは仕方なく目を瞑ってやろうか。

「ああ、設楽のヤツ、まだこっち見てるよ」

 楽しげに響子が言う。

 ……勘弁してくれ、と泉はうなだれた。

 泉は首を縮めて、蓋を開けたときよりさらに冷え切ったご飯を口に運んだ。

 おかしな空気に包まれて、味を楽しむどころではなかった。

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