キミは聞こえる

三章-13


 季節の移ろいがこの町は抜群に遅い。

 知っていたけれど、五月半ばを過ぎても朝夕は暖房が外せないという経験は今までなかった。
 永遠の冬に終わりを告げ、ゆるやかな春に突入したはいいもののしかし夏の気配があまりに遠く、常春が続くおとぎの世界かと一時は疑いもした。

 風のにおいが変わりはじめたのは六月を過ぎてからであった。

「泉ちゃーん、行くよー」
「いいよー」

 体育である。それも、五時間目の外。晴天なり。
 あたたかい。
 素晴らしい……

 ただ――。

「あっ、ごめん!」
「ごめん、いま、取ってくるから」

 サッカーとはなぜこれほどまでに難しい……。

 集中してボールを追っているはずなのに、ちっとも足に当たらない。
 クラス男女混合のチームを四つ作り、設楽と小野寺のいるクラスと対戦するというのが本日の授業メニューである。
 グラウンドに作れるコートは二つ。試合出来るのは一度に四チーム、二試合が限度。
 泉のチームは他チームが試合の間、コートの脇で練習をするよう言われていた。

 何時間練習しようとちっとも成果が上がらないから泣けてくる。

 女子三人、男子四人のチームだが、泉は授業がはじまってまもなく戦力外と位置づけられた。
 ボールが回ってこないのは大変ありがたいが、練習中は一応教師の目というものがあり、参加しなければ注意を受ける。

 そんな面倒は御免な泉である。
 だから迂闊にふらふらとひとりのんびり日光浴に出掛けることも出来ない。

 しかし、だからといって参加してみても、練習相手にならないのでは意味がない。
 千紗は幼馴染みだという文化部のくせになかなか筋のいい男子とボールの蹴り合いに夢中だ。残った泉は同じチームの出席番号の遠い女子とペアを組んで練習している。
 気にしないで、と笑ってくれるけれど、パスがよくて三回しか続かないのでは、向こうが「構わないから」と言ってもこちらが申し訳なくて仕方ない。 

 ころころと人間様を嘲笑うかのように転がっていくボールをとてとてと追いかけていると、ふいにホイッスルが鳴った。ゲーム終了の合図だ。

「チーム入れ替え急げー」
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