キミは聞こえる
 間に割り込んできたのは桐野だった。設楽の腕を掴み、乱暴に泉から離させる。

「設楽!」
「あんまりそっけなくされるからついね」

 反省の色などほんの僅かにも見せることなく、それどころか桐野に怒りを露わにされても余裕の笑みを向けて設楽はさらりとそんなことを言う。

 桐野のこめかみに太い血管が浮き上がった。

「てめぇの行動がふざけすぎてるからじゃねぇのか」

 桐野の目はマジだ。かなり、危険なところまで怒りは浸透してきている。
 無意識なのか、いまから使うつもりでわざとそうしているのか、いつしか右手に拳が握られていた。拳は小刻みに震えていた。

 それをくり出せばそこからは単なる睨み合いではなく、暴力という名の罪の領域に入る。

 自分のために桐野がそこまでする必要はない。彼には明日明日、夢がかかった大事な試合が控えているのだ。こんなところで夢への一歩を台無しにしてはならない。

≪いつか痛い目見るよ。こんなことばっかしてると≫
「桐野くん、もういいから。栗原さん、理事長室行こう」

 栗原の腕を軽く引いて歩き出させる。

「おい、代谷!」
「またね、代谷サン」

 設楽の声がした直後、殺気のようなものを感じた。おそらく桐野だろう。小野寺もわかったらしく、すかさず二人の間に入る。

「設楽、桐野もっ、やめろ!」


 歩む速度を上げて角を曲がり、脇目もふらず理事長室を目指す。栗原もぱたぱたと後を着いてくる。

 ああ疲れた、と思ったときには理事長室の前だった。

 ひとまず壁に手をついて呼吸を整える。我ながら情けなさ過ぎる体力の乏しさだ。

「だいじょうぶ?」
「ごめん…体力、なくて」
「え、いや…そっちじゃなくて……」
「そっちじゃなかったら、なに―――……ああ、設楽って人のこと?」
「うん……。あんな大胆なことする人だって思わなかった。腕、痛くない?」

 軽く振ってみせる。

「なんともないよ。それより、ああ…恥ずかしかった」
「ほんとに?」

 佳乃は苦笑した。
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