キミは聞こえる
 気づくと、泉は振り返っていた。

 眉を下げ、おろおろと見返す佳乃にやはりイラッとはしたけれど、顔には出さないよう努めた。

 こんなこと、誰に言ったこともなかったから。
 もちろん、言おうとしたこともなかったし。

 だから、自分でも正直驚きだけれど、

「私、外行く」

 やっぱり佳乃は苦手だし、仲良くなるのは難しいと思う。

 ……けれど、なんとなく、


「……栗原さん、どうする?」


 ―――なんとなく、佳乃の気持ちは、わかる気がした。


 泉からの思いがけない誘いに佳乃はえっ、と小さく声を上げた。

 自分を知ってもらいたい。自分に気づいてもらいたい。

 あの頃、自分も感じていた強い思い。

 心の叫びを、泉は言葉にも行動にも出せなかったけれど、佳乃はなんとかわかってもらおうと努力している。

 おそらくそれが、きょろきょろ忙しなく視線を送る不快な行動なのだと思う。

 理解してもらおうと頑張るのはわかるが、頑張る方向が大きくずれているためにキモイと思われてしまっているのだ。

 心底では昔の自分となんら変わらない。

 佳乃を同情しているわけでも、慰めようというものでもないけれど、どうしてか放っておくのは気が引けた。

 どうする? と鍵を振ると、佳乃はばっと立ち上がって言った。

「わっ、私も行く! 行って、いいかな…?」
 
 あまりに必死な形相で言われるものだから驚いた。

 泉が立ったとき、やったと希望を持ったがあっさり通り過ぎられたので焦っていたのかもしれない。

 一人になってしまうと。

 彼女は慣れていないのだろう。一人になることを。

 どうぞ、と背中を向けると、泉はスリッパを履いて廊下に出た。

 携帯と財布をひっつかみ、大忙しで駆けてくる佳乃が少し可笑しかった。

「ど、どこに行くの?」
「んー」

 そこまで考えていなかった。ただ、あの部屋を出たかっただけだから。
 泉はすこし考え、そういえばアイスの自販機があったなと思い出した。

「ロビー」
< 42 / 586 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop