キミは聞こえる
 そんなことになったら佳乃の人生はその瞬間にジエンドだ。

 無言で傍らを通り過ぎられる光景が目に浮かび、これでもかというほど落胆する佳乃に小野寺はちいさく噴き出した。

 そして、そっと抱き寄せる。

「冗談だ」

 ふいに、手が持ち上げられた。指先に、先ほどと同じ柔らかな感触が舞い降りた。

 息を止める。長い睫毛が彼の顔に影を落とした。

 触れられたその部分だけが焼けたように熱を持った。

「―――おまえがいまのような扱いを受けるのは、そう遠くない未来までだろう」

 小野寺は常のきりりとした精悍な顔つきに戻ってそう言った。

「どういう、こと?」
「代谷が鈴南に入学したから」
「代谷さんと、話したの?」
「さっき会った」
「さっき?」
「昼ちょっと前か、電柱に隠れて男女の密会現場をのぞき見してた。ありゃあ多分、愛人関係だな」
「し、代谷さんが、そ、そんなところを?」
「本人は否定してたけどな。そんときにな、言われた」

 代谷から言われたという言葉をすらすらと口上する小野寺に、佳乃は口を押さえた。

 次から次へと驚かされる小野寺の行動に引っ込んでいた涙が、たちまち勢いを取り戻して彼女の頬を濡らしていく。

「ほんとに、代谷さんが、そんなことを…?」
「あいつ、男に生まれてたら間違いなく桐野のポストを独占してたな」

 そうかもしれない。

 桐野とはタイプがまるで違うけれど、彼女の持つ不思議でかつ魅力的な、もしくは魅惑的なオーラはきっとこの世のありとあらゆる女性を虜にする。

 それを引き立たせているのが、本人はまったくそうと思っていないようだが、彼女の持つ天性の美貌だ。

 美少女と呼ばれる時期はとうに越えている。彼女は時折高校生とは思えないほど大人びた顔つきを見せるから、同性の佳乃でさえもどきりとさせられることしばしばだ。
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