キミは聞こえる

 彼女たちは決して佳乃のほうを見はしなかったけれど、了承してもらえたことが嬉しかったのだろう、パタパタとスリッパを鳴らして佳乃は泉に駆け寄ってきた。

 笑った顔はそこそこに可愛いのだと、このときはじめて知った。

 いつもびくびくして怯えた表情しかしていなかったから。
 周りの顔色をうかかがってばかりだった佳乃の顔に笑みはなかった。

 うん、君は笑ってるほうがずっといい。

「つーか、女子って風呂まだだったの? 俺たち一時間前に入ったけど」
「女は風呂が長いからなー」
「俺なんかふだんシャワー込みで五分で上がるけど」

 桐野の発言に男子二人が「それは早すぎだろ」と突っ込んだ。

 それではほとんど湯船に浸かっていない計算である。信じられない。

 こそっと佳乃が泉に囁いた。

「私の弟もそれくらいで上がってくるよ」
「早。てか、弟いるんだ、栗原さん」
「うん。今年中二」
「一番可愛くなくなる時期」
「え、そうなの? あ、そういえばそうかも……」

 泉の言葉に思い当たるところがあるのか、佳乃はアイスをほおばりながらしみじみと頷いた。

「またそこでこそこそ話してるな。今度はなんだー?」

 身を乗り出して訊いてきたのは、もちろんヤツである。

 なんでもない、と言って泉は佳乃の手首を掴んだ。

「あの人にかまってるとお風呂の時間なくなるから行こう」
「えっ、う、うん」
「こらー! 聞こえたぞ今、待て代谷ー!」

 桐野の声を背中に聞きながら、ちらちらと振りかえる佳乃の手首を引き、泉は階段を上る。

 桐野のことを気にする必要はまったくない。
 ちょっと無視したくらいでへこむアイツじゃないのだから。

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