キミは聞こえる

五章-6

 安田に、職員室に寄れ、と言われたことなどすっかり頭から飛んでしまっていた泉は、足の動くに任せて教室へとたどり着いた。

 中には生徒が一人だけいた。

「代谷さん」

 泉に気づいた佳乃が立ち上がる。彼女の目が泉の手、学校案内に向けられたのに気づき、さりげなく自分の体で隠すようにした。
 
「今日は部活なかったでしょ。私を待ってたの?」

 言いながら自分の席へ向かうと、

「もう帰るよね」

 と佳乃が尋ねた。

 うん、と頷くと、じゃあ私も、と佳乃はカバンを肩にかけた。

 出しっぱなしの授業道具と荷物、資料をまとめてカバンに詰め込んで、二人は教室を出た。

 ローファーに履き替えて外に出ると、先ほどより青みの薄まった空が二人を迎えた。西の方へと視線を転じれば目を射るような燃えさかる景色の中、流れる雲や山々を黄金が縁取っている。夜にはまだすこし時間がかかるだろう。手塚はもう駅に着いただろうか。

 そんなことを思いながら緩い段差の階段を下りたとき、代谷、と泉を呼ぶ声がした。

 昇降口すぐ横の水道の前に汗にまみれた桐野と小野寺がいた。

「お、小野寺君、おつかれ」

 なんとも乙女らしい控えめな労いの言葉に、おう、と小野寺は嬉しそうに口許を緩める。ほほえましい光景だ。

「帰るのか?」
「う、うん。ふたりは休憩中?」
「ってわけでもねぇけど、まぁそんなもんだ」

 練習試合中なのだろう。首にタオルをかけた部員たちがコートを囲み、中で試合中のメンバーに向かって声を張っている。


「――――で?」


 泉は桐野に目を向けた。呼んでおいて黙ったままとは失礼なやつだ。

 何が不満なのか、桐野は瞠目して泉を見つめる。

「……っで!? で!?」
「うん、で? なにゆえ私を呼び止めたのでしょう」

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