キミは聞こえる
 自分たちが泊まっている階に着いたところで、ようやく泉たちは歩くスピードを緩めた。

 廊下にはやはり誰の姿もない。

「桐野くんに感謝だね、代谷さん」
「そ、そうだね」

 あそこで桐野が男子生徒にくっついてくれなければまだ私は解放されていなかったかもしれない。

 そう考えて鳥肌が立った。

 桐野もなかなかやるじゃないか。

 今ので、ただのクラスメイトから、そこそこに良いやつに格上げだ。

「あの男子、気をつけたほうがいいよ。明らかに代谷さんを狙ってた」
「狙う?」

 獣が獲物を捕まえるような言い方をする。

「うん。きっと、代谷さんあの男子に好かれてる。あの人、中学でも好きな子が出来たらとことん食い付くタイプだったから用心はするに越したことはないよ」

 好かれていると断言されてもちっとも嬉しくないミステリー。

 告白されたら、誰からだってすこしは明るい気分になると恋話好きな友香が言っていたのに。

「ありがとう。気をつける」

 佳乃の忠告を脳に刻みつける。

 ニキビに注意、注意と口の中で繰り返していると、不意に強い視線を感じて泉は顔を上げた。

 佳乃と目が合った。

 なにか言いたげに指先をいじっている。

 そういう仕草に苛々する。

 ……だけど、私はまだ待てる。

 泉は貧乏揺すりしたくなる気持ちを懸命に押し殺した。

「あ、あのね、代谷さん」

 いい加減腹が立ってきたなぁと、我知らず眉毛がぴくぴくし始めた頃、ようやく佳乃が口を開いた。
< 72 / 586 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop