リミット
現場
「高橋さん、ちょっと手順が違うよそれ」

大成建設監督の山中が図面に目をやりながらこちらを指差す。

山中は今週この現場に赴任してきたばかりの新任監督で、いかにもインテリ風のイヤな感じの男だ。

「監督さんよ、手順云々より他業者との絡みも考えてやってんだよこっちは。分かる?昨日今日この現場に来たアンタになにが分かんのよ。」

山中はそのインテリな容姿にピッタリ似合うインテリ風の眼鏡をかけている。その眼鏡をクィっと上げて高橋を睨みつけた。

「いいえ高橋さん、手順通りに作業して頂けないと困りますので。」

さらに山中は続ける。

「もしあなたが手順を守って頂けないなら明日からはこの現場に来て頂かなくて結構。あなたの代わりはいくらでもいますからね。」

ブチッ!

高橋の頭の中でなにかが弾ける音がした。

高橋はほとんど無意識の内に被っていたヘルメットを足元に叩きつけていた。

「おい!てめぇ!言いたい放題言いやがって!ざっけんっなよゴラァ!!」

中卒後、先輩の紹介で16歳で鳶職に就いた高橋は、26歳になった今でも切磋琢磨しながらもこの仕事を続けていた。
その10年間で鍛え上げられた高橋のガタイはまさに筋肉隆々。
贅肉のかけらすら見当たらない屈強の男。

その高橋の太い右腕が山中に掴み掛かった。

「ひ!や、やめてくだっ…」

山中のインテリ眼鏡がいつの間にか外れかかりナナメになっている。
高橋が掴みかかった衝撃でズレたのだろう。
山中の額からは大粒の冷汗が噴き出している。


そのやりとりに気付いた高橋の親方がここで止めに入る。

「おい、健太郎!やめねぇか!」

高橋健太郎。それが高橋のフルネームだ。

高橋の二倍、いや三倍はあろうかという親方のさらに太い腕が山中に掴みかかった高橋の腕をガッチリ掴んだ。

「ちっ…やってらんねーよ糞が!」

高橋が掴みかかった山中の襟首を放すと山中はその場に力無くへたり込んだ。

「ここはもういいから頭ぁ冷やして来いや。」

親方が言うよりも早く高橋はその場から歩き出していた。


階段を10階分早足で降り、現場を出て速攻煙草に火をつける。

「フー…。なんなんだあの糞眼鏡はっ!ったく!」

一気に煙草を吸い干す。
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