香る紅
『さあっ』

ふ、と、懐かしいにおいがした気がした。

風が吹いて、それまでは全く気にも留めていなかった公園の世界に一瞬目を奪われ、気付く。

ここは。

「昔、よく来た公園?」

頭が他のことでいっぱいで、今まで気がつかなかった。

あのころとは変わって、少し寂れた感じになってしまっているが、間違いない。

まだ、織葉のご両親も生きていて、他の一族者やそのパートナーと、日が暮れるまで遊んでいた場所。

御門とか長の息子とかパートナーとか・・・何の関係もなく、純粋な気持ちでいられた場所。

約束なんてなくても、どこに行くにも織葉を連れまわした。

それはもう、他の一族のやつらに呆れられるほどに。

そして織葉も俺に笑ってついてきてくれた。

同じく呆れられるほどに。

そんな織葉の満面の笑みを見るのが、大好きだった。

純粋に、織葉を愛していて、素直にそれを言えた。

織葉がいれば何でもできる気がしていた。

織葉がいることは、俺に物事に立ち向かう勇気を与えていたから。

嫌な剣道だのなんだのの武術も、織葉が「すごいすごい」と笑って褒めてくれるだけで、何十倍も頑張れたし、もともと才能があまりなかったピアノだのヴァイオリンだのも、俺よりもうまい織葉と一緒に演奏できるのが楽しかったから、頑張れた。

そして、御門の重圧の中でも、俺は一族者に認められるような自分を作り上げることができた。

織葉は、何を想ってここに来たんだろう。

というか、これから、どうするつもりでいたんだろう。

そこでまた風が吹いて、物思いから抜け出す。

いけない、早く、織葉を連れ戻さないと。

またも落ちかけた気持ちを立て直して、再度織葉の気を探る。




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