君のキオク、僕のキオク
閑散とした病院の廊下のソファーに腰をおろす。

父親がいない佐伯。母親とはほとんど連絡が取れず、75歳のボケたおばあちゃんと暮らしているらしい。

時計の針は夜の十時を回り、廊下には全く人影はなく薄暗い。

暗い廊下には『手術中』の赤いランプが重々しい扉の上に煌々とついている。

(ドラマでよく見る光景だな)

ランプを見つめながらふと思った。

佐伯はなにが言いたかったんだろう。

最後に呟いた言葉。

よく、聞き取れなかった。

オレは今どうしたらいいんだろう。

手が届かなかった。

いや、手は届いた。けど、助けられなかった。

佐伯は、すごくサバサバしていたけどどこか女の子らしい子だった。

見た感じはボーイッシュだけど、話し方は柔らかかった。

裏人格は相当怖かったけど。

「明日死ぬかも知れない。一分後かもしれない。けど、だったら今楽しめばいいじゃん」

佐伯の言葉が脳裏に蘇る。

時計の針は十時半を指そうとしていた。

親は、電話でとりあえず迎えに行くけどしばらくそこにいなさいと言っていた。



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