伸ばした手の先 指の先

花園フェスタ


「大丈夫か?!」

 よろけたあたしの後ろから楽器を支えてくれた大辻先輩に、うなずいてみせる。

「すみません。大丈夫です」

 まあまあよかったテストも記憶の彼方に消えた、10月下旬の初め。

「お前……」

 両親(主に母親)から一睡も許されなかったため、目の下には痣みたいに隈ができている。

「どうした?」

「……」

 何故か不意に滲んできた涙を指先でぬぐって、ただ首を横にふる。

 昨日の夜から今朝にかけてのことだ。

 眠れなくて、水を飲もうと階下におりたら、母親が父親に姑の愚痴をこぼしていた。

 彼女は上の空で相づちを打つ夫に苛立っており、ただでさえ耳障りな声が更に甲高くなっていた。

「どうすればいいと思う?」

 突然話を振られ「知らない」と突っぱねたのに、母親はあたしを冷たいフローリングに正座させ、朝6時までえんえん7時間もあたしはくだらない戯言に付き合わされる羽目になった。

 1時間半が経った頃から愚痴はあたしと妹への説教に変わり、2時を過ぎたあたりで父親は「俺、先に寝るわ」と言って2階に上がった。

 何回も「もう寝るから」と立とうとしても、周りが見えなくなった女は「まだ話は終わってないでしょ?!」とフローリングに娘を正座させる。

 もちろんそんなことは先輩には言えない。

「何でもないんです」

 再び楽器を抱え、トラックに運ぶ。

 今日は花園フェスタ。

 あたしにとっての2回目の演奏だ。




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