だから君に歌を
この日の物好きな客は、
今までの物好きとは比べものにならないくらいの変わった客だった。

千夏がギターを鳴らし始めると、
立ち止まり、
あろうことか、千夏の前に座り込んだ。

千夏は初めてのことに少しだけ動揺しながらも、
顔には出さずに歌い続けた。

目の前に座る男は千夏より少しだけ年上に見えた。

楽しそうな表情をして、千夏の歌を聞いている。

千夏が一曲歌い終えると男は突然拍手をした。

千夏は驚いて顔を上げる。

「上手いねー。君、名前なんてゆーの?」

千夏は改めて男の顔をまじまじと見た。

背が高くて、整った顔立ちをしている。

「千夏…」

「千夏ちゃんか。高校生くらい?」

男の話し方で旅行客なのだろうと千夏は確信した。
イントネーションが変わっている。

ナンパだろうか。

「高三だけど…」

千夏は警戒しながら言った。

「じゃあ俺の妹と同じ歳か」

「妹…?」

「うん。俺の妹、皐月って言うんだ。ちなみに俺は隆って名前」

男はにっこりと微笑みながら千夏の灰皿に一万円札を入れた。
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