幾千の夜を越え
騒ぎを聞き付け廊下を擦り走る
女官の一人を捕まえる。

「何事だ騒々しい…」

「村人が大勢押し寄せ尊を出せと騒いでおります」

「尊は如何にされて居られる?」

口調も顔色も何一つ崩さず尋ね。

「私が行こう…尊には悟られぬ様見計らえ良いな!」

答えを待たず踵を返した。

近付くにつれはっきりとしていく声に耳を傾ける。

「尊を出せ!」
「俺達を見捨てる気か!」
「氏神なら何とかしろ!」

門を叩き付ける音に眉をひそめる随分と不躾な訪問だ。

「尊様どうかお助けください」
「村人をお救いくだされ…」
「願いをお聞き入れください」

怒声罵声奇声に紛れ聞き取れる。

人間とは愚かで浅ましい。
己の為に他人を犠牲に出来るとはなんとも悲しい。

「静まれ!」

門を潜ると同時に一声を放つと、右近の登場に飛び退く様に後退り勢いをなくしたのか静まり返る。

「…右近様…」

乳飲み子を胸に抱き抱えた一人の母親が足下へ崩れ落ちる様に走り寄ってきた。

「この子を…どうかこの子をお助けください」

見れば顔や首元に発疹して高熱の為だろう苦し気に浅い呼吸を繰り返す赤子が眠っていた。

その額に右手を乗せる。

「此度のこと実に遺憾にあった」

固唾を飲んで見守る村人に向けて発する。


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