あたしが眠りにつく前に
「はい、お見舞いパート2。それまでこれで暇つぶししてみたら?」

「わ、ありがとー。何だろ?」

 聞いたことの無い本屋の店名が印刷された紙袋を渡されて、中身を取り出す。途端に珠結はうっと顔をしかめた。

「…里紗。これ…」

「その名も『マニアック・日本史クロスワード』だよっ。珠結にピッタリでしょ~」

「どこが!! 日本史はあたしの苦手な科目だって分かってるよね!?」

「頭をフル回転させれば眠気なんて吹き飛ぶかなって思ったの! 本屋さん4軒はしごした甲斐があったよ~」

 逆に増幅させるような気がするのだが。嫌がらせというよりもブラックジョーク(?)の部類。それがかわいいものだと言えるかは微妙なところ。とりあえずパラパラとページをめくってみる。

「…答え、付いてないじゃん。初級レベル、は…。えっと…‘伴健岑と橘逸勢が企てたとされる、842年に起きた政変は何の変?’…て?」

「さぁ? だって私、世界史選択だもん。授業で習わなかった?」

 絶対、習った。頻出語句で、実際にテストに出たはず。人名の読み方は分かるも、肝心の答えは出てこない。珠結は仕方なく他の設問に取り掛かるが、あえなく三分の二以上を残した。ペンを置いて、雑誌を閉じる。

未履修の範囲の設問も含まれているせいもあるが、復習不足が主な敗因。こんな状況だから、仕方ない。そう思いたい。いや、待て待て。そもそもこんなマニアックな専門知識ばっかりを詰め込んだ雑誌が存在することに、異論を挟みたい。やっていけてるのか、ここの出版社。

「あれ、もうできちゃったの?」

 化粧室へと席を外していた里紗が戻ってきた。

「…里紗、ゼリー食べよっか」

「賛成!! わたし桃がいい~」

「……あたしへのお見舞いじゃなかったの?」

「だって珠結は、イチゴでしょ?」

 ペリリ、と二人は無言でフタを開ける。向かいのベッドでは、老婦人がほほえましげにこちらを見ていた。珠結はそっと会釈する。

「…ちょっと前までは、毎日のように会ってたのにね」

 ゼリーを口に運びながら、里紗が呟いた。

「半月前に来た時の珠結は寝てて、顔見るだけだった。でも今日は言葉を交わせて、やっと会えたって感じ」

「ごめん。せっかく来てくれても、分からなくて」

「ううん。わたしがここに来るのは珠結に会いたいからで、珠結が謝る必要なんて無いんだよ~。ホントにね、珠結が起きてくれてて良かった!」

 ‘珠結のため’ではなく‘自分が’と言う姿は、帆高を思い出させる。里紗も同類の無自覚なお人よしだ。鋭さといい、二人はどことなく似ていると思う。
< 122 / 284 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop