あたしが眠りにつく前に
 意味を教えてから、ぎこちなく生地を伸ばし始めたのを見届けて冷蔵庫の前に移動する。何をしようとしていたんだったか。そうだ、炒飯の具材探しだった。時間的に少し急いだ方が良さそうだ。

私物の食材を確認すれど、これといったアクセントになるものがない。そのまま白飯にしようか。しかしそれなら、期待させた人物が黙っていない。

「あ、一之瀬さん。それに…あれ? 何で榊さんまでいるんですか。珍しい」

 振り返れば、新たな来訪者。今年入寮した一年生、彼も自炊派でよくこの自炊室で顔を合わせる。大家族の長男で昔から家事を任されていたらしく、料理の手際は見事なものだ。

「何だよ。俺がいちゃ悪いのかよ」

「そんなこと言ってませんよ。ただ榊さんが料理なんて…ちょっと写真撮ってもいいですか? わ、明日は雪が降りそ」

「やめろっつの! おい、携帯出すな!!」

「はいはい、落ち着いてくださいって。お前もやめとけ」

 帆高は小麦粉塗れの手で襲い掛かろうとする先輩こと榊を宥め、後輩は携帯電話をしまってから机上の光景を観察する。

「それ、餃子の皮ですよね。買った方が早いのに、本格的ですね」

「大判しか残ってなかったんだよ。個数を稼ぎたいから、自分で作った方がいいだろうって。小麦粉は地元で格安セールの時に親に買いだめしてもらってて、実質タダだからな」

「なるほど。で、一之瀬さんの夕飯を何で榊さんが作ってるんですか? 榊さんが作るだなんてあり得ませんし、そういうことですよね?」

 一連の事情を話すと、彼は道理でと何ともいえない視線を榊に送る。帆高は凶器にしかねないコップをさりげなく取り上げてから、一旦流しに戻る。

「コンロは両方空いてる。まだゆとりもって作れるぞ」

「いえ、今日は冷凍しといたので適当に済ませようと思ってましたから。そうだ、良かったら俺のと何か交換してもらえませんか。一之瀬さんの料理、おいしいですし。炒飯でしたらハムと干しエビが残ってましたから、ぜひ使ってください」

「いいのか? 助かるよ。今度、買って返すな」

「いいえ、いいですよ。一之瀬さんにはいつもお世話になってますから、こんなことぐらい」

 こんなやり取りも、よくあること。他の自炊組みとも食材や料理の交換や金を出し合って一緒に作ることもある。だが、ここに面白く思わない人間が一人。

「…おい、俺と一之瀬への態度に差が無いか? 俺のが年上だろうが!? それに少しずるくないか? 俺は苦労してやっと、飯をゲットできるっつーのに」

「あー、年上は年上なんですけどね。一之瀬さんには素直に抱ける尊敬の念が、榊さんには…どうも。はい。それにずるくなんてないでしょう。俺だって金と時間をかけて作ったんだし、なんでそう思えるのか。いやはや、不思議ですねー」

「ご歓談中悪いが、榊さんが具を包むの見ててくれるか。+αも付ける」

「やった! ということで榊さん、俺が綺麗な包み方をしっかりとお教えします。少しでも歪んだり具の量がメチャクチャだったりしたら容赦なくやり直しですので、覚悟してくださいね」

 背後がますます騒がしくなったが、BGMだと思って流しておく。お言葉に甘えて頂戴したハムと見繕った野菜をみじん切りにしていると、早炊きにしていた炊飯器のアラームが鳴った。
< 209 / 284 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop