僕等は彷徨う、愛を求めて。Ⅱ

憂き世は瓦解する



――3年前、春。



「なーぎーっ! 起きなさい!」


春はポカポカ陽気だなんて、嘘だ。


シャッと、空気を裂くような音は、暗かった部屋の陰影さえも切り裂く。


閉じられた瞼を通り抜けた太陽の光に、あたしは渋々起き上がるわけもなく、頭から布団を被り直した。


「なぁ~ぎぃ~! ほら、いいお天気だよ!」

「やぁーだぁー…」


引っ張られる布団を取られないようにする力は出せるけど、起き上がる力はこれっぽちも出ない。


寒いし、昨日も寝付きが悪くて遅くに寝たんだから。


溜め息が頭上から聞こえると同時に、布団を引っ張る力が完全に消える。


「じゃあもう、見せてあげな~い」

「……」

「いいのかなぁ。それとも先に俺が見ちゃおうかなぁ?」


何のことを言ってるのかと頭も冴えているのに、まだ起き上らないあたしは、たった一言で飛び起きた。


「彗から返事きたよ?」

「見せて!!」


バッ!と、勢いよく起きたあたしの視界には、手紙らしきものはない。


「残念。リビングに置いてきました~っ」

「……最っ悪」

「はいはい、顔洗って歯磨きしてから読むこと。……ね? 凪」

「……はーい」

「うん、いい子」


口を尖らせるあたしの頭を上下に緩く撫でてから、部屋を出て行くサヤ。


本名は夢虹 颯輔。あたしの父親代わりだ。


――夢虹 凪、中学1年生。


亡くなってしまったお母さんの恋人、血の繋がらないサヤと暮らし始めて10年。


決して大変じゃなかったわけではないけど、一度も苦しいと思ったことはない。


お母さんが死んで、泣いたし寂しかった。だけどサヤがいたから、ふたりで頑張ろうと思えた。


ふたりだから、乗り越えられた。


それだけは、いつまでもあたしの胸に色褪せず、残っているものだった。
< 476 / 812 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop