君へ

ヒステリックなしかも男性の大声は大嫌いで苦手だ。
意味もなくじっと教師の茶色のサンダルを見て無理矢理意識を違う所に持って行こうと努力していた。
でも限界に近い。
やたらと右手が耳の後ろや太ももをいったりきたりで止まらない。
教師は気付かずそれどころか全くこちらをみる気配がない。
でも、隣に立っていた彼が気付いた。

そのまだ小さな少年の手で、余り変わらない私のあちこちせわしなく動き回る手を包みこんで手を繋いでくれた。
私が驚いて彼の顔を見たのと、
『……やっぱりご両親が……』
と先生が喋ったのは同時だった。
彼は静かだけどしっかりとした声で教師の口を塞いだ。
『先生の言いたい事はよく理解できました。もう夕方なので帰らせてもらいますね』
有無をいわせぬ発言の後は後ろも見ずに職員室を出た。
私達はそのまま手を繋いだまま昇降口まで行き靴に履きかえる。
かばんはずっと背負っていたのでそのまま帰れる。
昇降口を出て校庭にでると、手を繋ぐなど久しぶりの事で不思議で思わずじっと繋がれた彼の手を見てしまう。
『イヤ?』
それに気付いて一歩前を歩いて手を引いていた彼が立ち止まり、同じ高さくらいの目線を合わせて聞いてくる。
いや、ではなかったので反射的に考えるよりも先に首を横に振っていた。
『そっか。よかった』
にっと彼の口許が嬉しそうにあがった。
冷たい印象を与える彼のイメージとは真逆な明るい、くったくない笑顔だった。
思わず私も嬉しくなってしまった。
人の笑顔を見たのはどれくらいぶりだろう。
綺麗だなぁと思わず見とれてしまった。
『相良の門限は何時?』
彼に聞かれて口ごもる。
すぐに彼は察したように、
『相良の家はどこ?』
と違う質問をする。私がつかえながらたどたどしく説明すると、自分の家の近くだといった。
そして遠回りになるけどと河原のある道を手を引いて一緒に歩いてくれた。
彼は、年齢に似つかわしくない知性と気遣いと優しさを持っていた。
だから、だから、今思えば私に同情してくれていたのだと思う。
私はそんなこと気付かずにつかの間の幸せに溺れてしまった。
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