無口な王子様
封印
その日から、夕方のソワレはコーヒーの香りにミシンの音が加わるようになった。

形になっていくのが楽しくて、私も亜由美も服作りに熱中していた。

と、言っても私も亜由美も高校3年生。

世間では、受験シーズンが到来していた。

亜弥も恭子も毎日塾に通って、あの大学の倍率はこれくらいだとか、今年の入試の傾向はこうらしい、というような話ばかりしている。

私と亜由美は、大学進学も就職も考えていなかった。

亜由美は、憧れのアパレル販売員がいるらしく、その人の様な「カリスマ」になりたいらしい。
しかし、その会社はアルバイトからの社員登用が主になっているらしく、卒業後はアルバイトとして入社することにしたらしい。

私はというと、怒られるかもしれないけれど

進学したいと思う大学も、就職したいと思う企業もない。

というのが理由だった。

典型的な「この頃の若者」の悪い例だ。


「凛、あんた卒業したらどうすんの?」

亜由美の質問にさえ上手く答えられない。


だから、なんとなくこうして、のん気に服を作って楽しんでいるのはちょっと申し訳なかった。
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