約束
 言葉を交わすと、彼女はいたずらっぽく笑い教室を出て行く。


 彼女は先生に呼ばれているので職員室に行かないといけないとのことだった。私に迷惑をかけてはいけないと、先に帰っていいと言ってくれたのだ。

 教室から、生徒の数に比例するようにざわめきが少しずつ小さくなってくる。すでに半分ほどの生徒がいなくなっている。


 いつもなら満足し、家路につく時間だったが、今日は用事でもあったのかいつもよりも遅い。

 校庭に目を向けると、まばゆさの残る光が瞼に触れる。刻一刻と刻む時間に身を任せ、彼が出てくるのをひたすら待ち続けていた。

 その瞬間は突然やってくる。

 私の視界に彼が現れたのだ。思わず声をあげそうになる。

 目の前を横切っていくのは長身のすらっとはしているが弱々しさを感じさせない男の人だった。彼の髪の毛は辺りを照らす太陽の光によってより薄く見えた。顔ははっきりと見ることができないが、同じような瞳をしていることは知っていた。

 高鳴る鼓動を感じながら、唇を噛む。

 それが私の待っていた彼だった。

 彼は二年の木原雅哉と言った。整った顔立ちと、スタイルのよさも助けてか、女の子から人気のあった。彼の周りをつきまとっている熱心なファンもいるほどだ。

 一方の私は彼と同じクラスになったこともないどころか、話をしたこともない。話す勇気もない。それどころか彼の近くをうろつくことさもできない。そんな小心者の私が彼に対してできるのはこの場所から彼を見送ることだけ。きっと彼は私の存在さえも知らない。

 彼と話をしてみたいという願望はあった。だが、勇気がなかったのだ。
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