不機嫌な令嬢とイケメン家政夫には、ある秘密がありました。
【太陽side】

 翌日、俺は朝食の準備にキッチンに向かう。
 ていうか、珈琲とフルーツでいいのなら、自分で作れよな。

 ブツブツ文句を言いながら、大理石の廊下を歩く。
 玄関フロアでは、昨日同様、向日葵がモップで床掃除をしていた。

「向日葵さん、おはようございます。どうして毎朝掃除してるの?俺、昨日の夜、廊下の掃除したよ。それに今夜も帰宅したら、また床掃除するから、向日葵さんがしなくていいんだよ」

「……いいの。これは私の仕事だから。私の仕事を奪わないで下さい」

 向日葵は小さな声で、そう呟いた。

 床掃除が『私の仕事』だなんて。童話のシンデレラみたいに、二人の姉に虐められてるのかな?
 蘭子と百合子なら、それも十分あり得る。

 童話のストーリーが脳裏に浮かび、シンデレラに登場する意地悪な姉と、蘭子と百合子のツンとした生意気な顔が重なる。

「床掃除が仕事?お嬢様に仕事なんて必要ないでしょう?」

「……私は……お嬢様ではありません。この家の居候です……」

「居候?ご冗談を。蘭子さんや百合子さんと比べたら、向日葵さんが一番お嬢様らしいですよ。謙虚でそれでいて奥ゆかしい」

 俺は向日葵の持っていたモップに手をかける。
 一瞬、向日葵の細い指先と俺の指が触れた。

「……ゃっ」

 向日葵は小さな悲鳴をあげ仔猫みたいに飛び跳ね、少し怯えた眼差しで俺を見上げ頬も耳たぶも赤く染めた。

 指先が触れただけで、街角の郵便ポストよりも赤くなる向日葵。
 なんて、ウブなんだ。

 向日葵の過剰反応に俺は驚き、奪い取ったモップを返却する。

「ごめん、わざと触れたわけじゃないから。これ、返すよ。でももう掃除はしないで。俺が菊さんに叱られるから」

「……で、でも」

「いーから、いーから。掃除は俺に任せて、こう見えても意外と几帳面なんだよ。向日葵さんは好きなことに時間を費やせばいいから。
 今から朝食の準備をするんだ。向日葵さんのためにフルーツジュースを作るからさ。今日は何がいい。苺かな林檎かな?それともオレンジ?」

「な……なんでもいいです」

 向日葵は頭から湯気が出そうなくらい真っ赤になっている。
 極度の恥ずかしがりや、赤面症なのかな?

 それとも、俺を異性として意識しているから?

 まじで?
 ……まさかな?

『三人の誰かを落とすなら、向日葵が一番簡単だな』

 脳内の悪魔が囁く。

 男と付き合ったこともないような、無垢な女子高生。指先が触れただけで、こんなに赤くなるんだ。俺が告白したら、向日葵はどうなるんだろう。

 もし、向日葵が俺の告白を受け入れたら……。

『そしたら俺は……億万長者だ』

 バカバカしい、俺は未成年者を誑《たぶら》かした罪で即逮捕だ。

 朝っぱらから、俺は歪んだ夢を見る。
 この豪邸が、俺の強欲を奮い立たせ平常心を狂わせる。

 大体、向日葵は俺のタイプじゃない。
 未成年者を相手にするほど、俺は女に不自由してねぇよ。

「向日葵さん、今日はグレープフルーツにしようか?」

「……は……はい。お願いします」

「じゃあ、後でダイニングルームに来てね」

 俺は小さな子供を愛おしむように、向日葵の頭を右手でガシガシと撫でた。
 向日葵は瞬時に固まり目を見開く。

「ゃああーー…」

 蛸が海底から一気に浮上するみたいに、向日葵は小さな悲鳴を上げ一目散に二階に駆け上がった。膝下のスカートが蛸の脚のように翻る。

 あんなに俊敏に走れるんだ。
 ていうか、ちょっと可愛い。
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