不機嫌な令嬢とイケメン家政夫には、ある秘密がありました。
 木村さんは松平さんに投げ飛ばされ、床の上に突っ伏す。松平さんは人目も憚らず私に駆け寄った。

「お嬢様大丈夫ですか?お怪我はありませんか?このような無礼者がお嬢様の恋人だなんて、わたくしには信じられません」

「松平……」

 木村さんは徐に立ち上がり、松平さんに殴りかかる。私は咄嗟に彼を庇った。

「やめて!松平に暴力を振るったら、あなたはクビよ!」

 木村さんはその様子を見てほくそ笑む。

「蘭子さん、素直になんなよ。俺は恋とか愛とか、そんなものは信じないけど。蘭子さんは信じてもいいんじゃね?それが証拠に、松平さんは蘭子さんを守り、蘭子さんは松平さんを庇った」

「木村さん……、あなたワザとあんなことをしたの?私達を……試すために……」

「俺も素直じゃねぇけど、蘭子さんはもっと素直じゃないからな。寂しさを紛らわせるために毎晩泥酔して、使用人のベッドで爆睡されたら迷惑なんだよ。それに、俺は我が儘なお嬢様は苦手でね。女サンタもにゃん子も興味ねぇーの」

 木村さんの言葉に、カーッと全身が熱くなる。女サンタとかにゃん子とか、意味がわからない。

 まさか、この私が……!?

 赤面する私を見つめ、木村さんはニヤリと口角を引き上げ意地悪な笑みを浮かべ、部屋を出て行った。

「お嬢様、お怪我はありませんか?」

「怪我?もう……ズタズタよ」

「お嬢様?」

「あなたのせいで……私の心はズタズタよ。私……もうどうしたらいいのか……わからない」

 取り乱す私を、松平さんは強く抱きしめてくれた。

「お嬢様の心の傷は、わたくしが一生をかけて治して差し上げます。ですから、あんな嘘はもうつかないで下さい」

「……松平。……私」

「周囲から非難されるのは覚悟の上で、わたくしはこのお屋敷に戻りました。お嬢様と離れてわかったのです。わたくしにはお嬢様しかいません。あなたしか……愛せない。一生、あなたの執事としてお傍において下さい」

「松平……」

 見つめ合う目と目……。

 言葉にならない感情が……
 私の胸を熱くする。

 吸い寄せられるようにゆっくりと近付く……。
 互いの鼻先が触れ、松平さんの唇が私の唇を塞いだ。

 ーー二年前、私達は恋に落ち、互いの立場を尊重し別れを決意した……。

 それなのに私は……。
 この人を忘れることが出来なかった。

 私はこの人を愛してもいいの?

 本当に……愛してもいいの?

 心の中で自問自答を繰り返している私。
 心の迷いを消し去るように、松平さんは私を抱き上げベッドに沈めた。

 二人の立場の違いなど、その時の私にはもうどうでもよかった。ベッドの上で抱き合い求め合う私達は、一人の男と女。

 キスを甘いと感じるのは、その人のことを心から愛しているから。

 火照る体を彼の肉体で鎮めて欲しいと願うのは、その人の愛を全身で感じていたいから。

「蘭子……」

「……ぁっ」

 こぼれ落ちる甘い吐息は、あなたを愛している証拠。

 もう……迷わなくていいの?

 もう……自由に生きてもいいの?

 そんなことは出来ない。
 私には……桜乃宮財閥を担う責任がある。

 次々と押し寄せる愛の波に惑わされながらも、私の心の片隅には常に桜乃宮財閥や妹達のことが過ぎる。

 彼との愛に溺れながらも、全てを投げ出す勇気はまだない。

 けれど、彼に抱かれている時だけは……

 一人の女性でありたいと願う私は……。

 狡い女だ……。
< 47 / 93 >

この作品をシェア

pagetop