不機嫌な令嬢とイケメン家政夫には、ある秘密がありました。
lesson 2
 早朝五時半に目覚ましをセットし、俺は地下室を出る。
 昨日の2人組が何者なのか断定出来ないまま夜を過ごしたが、まずは美味い朝食でお嬢様の胃袋を掴む。

 大理石の敷き詰められた広い廊下を歩き、クリーニングに出す衣類が置かれたサニタリールームに、ドレスと仮面をそっと置き速やかに出る。何故なら、菊さんにお嬢様の洗濯物には触れるなと指示を受けていたからだ。

 玄関フロアを通り過ぎた先に、ご家族専用のダイニングルームとキッチンがある。
 それは地下室とは真逆の方角に位置する。

 広い玄関フロアを横切ると、二階に続く階段の下でモップ片手に床掃除をしている女の子と遭遇した。
 菊さん同様白いエプロンをつけている。

 ーーあれ?このお屋敷にやっぱりメイドはいたんだ。

 面接の際、菊さんはこの屋敷にメイドはいないと言ったが、どうやら俺の聞き間違いだったらしい。
 昨日たまたまメイドが不在だっただけ。このお屋敷にメイドがいないなんて、どう考えても不自然だよな。

 俺は立ち止まり、掃除に没頭している女の子に挨拶をする。

「おはようございます。早朝よりお疲れ様です」

 彼女は長い髪を二つに分け束ねていて、黒縁眼鏡を掛けていた。唇はふっくらし、少女なのにセクシーな口元をしている。だが、体は華奢で細い。

 満足な食事をしていないのか、顔色も悪く今にも倒れそうだ。

 彼女は伏せていた視線を上げ上目遣いで俺をチラッと見ると、明らかに動揺を見せ再び顔を伏せ、消え入りそうな声で呟いた。

「………ます」

 ていうか、全然聞こえてねぇし。

「君もこのお屋敷のメイドさんなの?昨日は休みだったんだね。君も住み込みなの?それとも通い?随分若いね、その年でメイドだなんて苦労してるんだ。俺、昨夜からこのお屋敷に世話になってるんだ。俺の部屋は地下室。朝食担当なんだけど、この家のお嬢様達って朝飯何食べてるのかな?」

 俺の一方的な質問にも、彼女は貝のように口を閉ざし、無言で斜め四十五度に首を傾げる。

「君、聞いてる?お嬢様達って、和食、洋食、どちらが好みかな?ていうか……君以外にもメイドいるの?昨日菊さんはこのお屋敷にメイドはいないって言ったけど……他にも数人いるんだよね?」

 彼女は俯いたまま、モップで床を掃除している。微かに聞こえた気の抜けた返事。

「……さぁ」

「さぁって、わからないの?君もここに来たばかりなの?だったら聞いてもわからないよね。廊下の掃除なら、俺が仕事から帰ってするから、君は他の仕事をしていいよ。女子トイレとかサニタリールームとか、俺には出来ないからさ」

「……はい」

 殆ど喋らない無口な女の子だな。

 ていうか……暗い。

 早朝ではなく深夜に逢っていたら、確実にゴーストと見間違う。

 
 俺は彼女と別れキッチンに入る。キッチンといっても、こじんまりしたマンションのキッチンではなく、まるでレストランの厨房だ。

 キッチンにデンッと居座る大型の業務用冷蔵庫の中は、庶民のスーパーでは取り扱っていないような肉や魚、新鮮な野菜がぎっしり詰まっていた。

 昨日、冷蔵庫の食材は自由に使用していいと菊さんから言われている。

「フォアグラやキャビアまである。ていうか……伊勢海老や松葉蟹って……。食材だけで総額幾らなんだ……」

 お嬢様の朝食なんて見当も付かない俺は、取り合えずバイキング形式の洋食を作る事にした。バイキング形式ならお嬢様の好みも一目瞭然だ。

 直ぐさま食材を取り出し、朝食の準備に取り掛かる。ハンバーグのミンチをこね、グラタン用のホワイトソースも作った。シーフードのシーザーサラダやポテトサラダ、数種類のパスタ。

 モーニングに必ず登場するベーコンにスクランブルエッグ。フライドポテトにチーズインオムレツ。豪華な食材にテンションが上がり、海老フライや蟹クリームコロッケも揚げる。

 ホテルの朝食バイキングを思い出し、俺は何種類もの副食を手際よく作る。

 ……ていうか、本当にこれでいいのかな?
 朝からフルコースってことはないよな?

 ーー午前七時過ぎ、菊さんがキッチンに姿を現した。昨日同様、頭のてっぺんで髪を結い白いエプロンを着用している。

「おはようございます」

「まぁ、木村さん凄い!よくこれだけのメニューを一人で作ったわね」

「はい。冷蔵庫の食材を見ていたら、たくさん作りたくなっちゃって……。ていうか、お嬢様達こんなメニューで大丈夫ですか?バイキング形式だなんて庶民過ぎたかな?」

 菊さんは焼きたてのハンバーグをナイフとフォークで切り分け、小さな口を大きく開けカプッとハンバーグに齧り付いた。

「美味しい!でも……」

 菊さんは試食したあと、言葉を濁す。

「お口に合いませんか?料理は得意なんだけど……」

「ごめんなさい。お嬢様達は朝は殆ど召し上がらないの」

「えっ?食べないんですか?」

「ええ、だからお体が心配で、あなたに朝食をお願いしたのよ。木村さん、本当にお料理が上手ね。見直したわ、お味は合格よ」

 お嬢様が朝食を殆ど食べないと聞きショックを受けたが、菊さんに『お味は合格よ』と言われホッとする。

「ありがとうございます。あの……料理が残ったら、俺の昼食用の弁当に少し貰ってもいいですか?」

「どうぞ、どうぞ。もうすぐお嬢様達がいらっしゃるから、木村さんのこと紹介するわね」

「はい」

 俺、急に緊張してきた。

 昨日の二人組が、桜乃宮家のお嬢様なのかどうか……これでハッキリする。
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