逢瀬を重ね、君を愛す
蛍が出て行ったあと、筆を拾いあげるとポイと硯に手放す。


「結婚…か。」


重々しい溜息を吐く。ぐっと背もたれに体重をかけ手で目を覆う。
いつかはくると思っていた。彩音が去って以降薫の周りに女っ気が一切なかったからだ。
でも、どうしてもほかの女を侍らす気分じゃなかった。それを蛍も、清雅も、桜乃も理解していたから今日まで許してもらえたのだ。


「どうせ、嫌だと言っても…結婚させられるんだろうなー…」


タイムリミットなのだろう。おそらく、事情を知らない家臣たちが躍起になり始めたのだ。
政務について早5年。娶った妃は遠花だけ。しかも右大臣の息子と心中。今の後宮に妃は誰も居ないのだ。帝であるなら、それは許されない事。でも、納得できない感情が渦巻く。


息を整えるよう、そっと瞳を閉じれば思い出すのは懐かしい彼女の姿。


「…今。何してる?」


自分の知らない、遠い未来で。
もう彼女に会うことはない。そう、分かっていても気持ちの整理はつきにくい。
どうしても、会いたいと願ってしまう。彼女の面影を探してしまう。

でも、生きていてくれるだけいい。自分の前から姿を消してしまったとしても。
どこかの時代で、生きていてくれるなら、それだけで頑張れる。


『…覚えていてくれ、俺はずっと…ここに居る。この美しい都で、時代を超えても彩音を待ってる―――』


あの約束を、果たすために。この美しい都を守っていくために。
そのために、この結婚も必要だとはわかっている。


「俺は…どうすればいい」


どうすればいいかなんて、よくわかっている。


「俺は――――愚かだ」


つーっと一筋の線が薫の頬を滑る。
許してくれ。と小さく唇がふるえ、消えるような嗚咽が静かな部屋に響き続けた。

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