ポケットの恋
「あたしはあんたなんか嫌い。大っ嫌い。あんただってあたしのこと嫌いなんだから、もう近寄ら無いで。あたしのことが嫌いだって、周りの人にもちゃんとわかるようにしてよっ」
声は震えてなかっただろうか。
絶対に古谷には、泣きそうなことを気取られたくない。
何も言わない古谷が不審になって、ふとその顔を盗み見る。
その顔があまりにも予想外過ぎて、一気に何もかも真っ白になった。
どうして。どうしてあんたがそんな傷付いたような顔するの。
いたたまれ無くなって、腕を振りほどこうとする。
それよりも、古谷が手を離すのが早かった。
「ごめん」
そして真実が何か言うより前に、リビングの戸の側に立ち尽くしていた幸日の方を向いた。
「戸田。やっぱりこないだ言ってたこと、間違ってると思うよ」
「え…」
真実が気付いた時には、もう古谷の姿は無く。
玄関の戸の閉まる音だけが、やけに耳を揺さぶった。
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