ポケットの恋
「あっれー秋田じゃん」
「…は?…」
古谷は坂を思い切り自転車で駆け登った。
頂上からそれを眺めていた真実は躊躇なく歩き出す。
「待ってったら」
そんなことを言うまでもなく、自転車はすぐに徒歩に追いついた。
「どうしたの?えらい遅い時間だけど」
今は夜8時を回った所だ。
妙齢の女性が一人で歩くにはあまり適さないだろう。
「大した時間じゃないでしょ。あんたこそなんでこんな時間にこんなとこいるのよ」
真実は前を向いたまま答える。
「俺はバイト帰り。つか男はいいの。君女の子でしょうが。」
「だから何」
あまりの声の頑なさに古谷は苦笑した。
「危ない目に合うかもってこと。ね。秋田はなんでこんな時間に歩いてんの?」
「……バイト帰り」
「え」
古谷は思わず立ち止まった。
「…なに?」
つられたのか真実も立ち止まる。
「どこでバイトしてんの?」
「…知らん」
「…んもう素直じゃないんだからっ!」
硬直した体をどうにか動かし真実に後ろから抱き着く。
そのまま真実の肩に顎をのせた。
「ぐわあぁぁ!!何馬鹿!くたばれ馬鹿!放せ馬鹿!」
予想していた通りの反応が返ってきた。思わず噴き出し、その態勢のまま尋ねる。
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