サクラナ
 吉野はサクラナに会うことを一旦は決心したものの、
内心その決定に躊躇を覚えていた。

 『弘子の“会わない方がいいわ。”
というあの言葉が象徴しているように
サクラナは昔のサクラナではないだろう。

 それなら、サクラナに会ってどうする気だ。

 おれに何ができる?サクラナだつてそんな姿を見せたくないだろう。

 再会は幻滅か失望しかもたらさない。

 それでも、いいのか?

 昔のままのサクラナをきれいな思い出
として残しておいたほうがいいのではないか?

 いや、それでは、サクラナはいつまでも自分の心の中にいて、
消えることはない。

 このまま、ただ、サクラナの幻を追いかけるだけだ。

 むしろ、そんな彼女に会うことで、
彼女の幻を捨てないといけない。』

 吉野はそう思う一方、
内心サクラナが昔のように
吉野の心を惹きつける存在であることを心のどこかで期待していた。

 だが、サクラナがそうであってはならないことを
吉野は良く自覚していた。

 もし、サクラナが今も魅力的な存在であったなら、
吉野が彼女に狂うのは目に見えていたからである。

 だが、それは出来ないことである。
 
 吉野には妻がいる。

 確かに、吉野は由美を愛していない。

 しかし、吉野には彼女を守る義務がある。

 吉野の方から彼女を捨てることは出来ない。

 もちろん、由美の方も吉野を愛して結婚したわけではなかろう。

 しかし、吉野が彼女を物質的に満足させることができる
と信じて結婚したに違いないのだから、
そういう彼女の信頼を裏切ることはできない。

 吉野が別の女を愛することは許されても、
それだからといって、
妻を捨て別の女の所へ走っていいという訳ではない。

 しかし、吉野としては、サクラナと会うことを決心した以上、
その可能性があることも考えなければならなかった。
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