ブラッティ・エンジェル
 マイペースな奴。
 サヨは、少し呆れる。
 手の中で暴れていたユキゲは、どうにかして抜けだし少年の前に出てきた。
「オレはユキゲな。男同士、ヨロシク。」
「おう。よろしく。」
そう言って二人は、仲良く握手をする。サヨは、そんな行動をとるユキゲの気持ちがわからなかった。
「半分ずつ。半分ずつ払うのは?」
「ワリカン?」
「そう、それ。それならいいでしょ。」
少年はう〜んと考えるような顔をしながら、ユキゲの頬を引っ張って遊んでいた。ユキゲの顔が変で、サヨは吹き出しそうになる。
「わかった。ワリカンでいーよ。」
「ありがとう。一人何円?」
「え〜とね〜。」
少年はユキゲを放して、伝票を見る。解放されたユキゲは、いつものようにサヨの肩に乗る。顔には、疲労の色がはっきりと出ていた。
「ユキゲのバカ。」
呆れたように言うサヨの呟きは、ユキゲの耳には入らなかったらしい。
「三八〇円。」
「・・・ホント?」
「本当だよ。ほら。」
彼が差し出してきた伝票には、確かに三八〇円の倍、七四〇円と合計が出されていた。
「な。俺って、そんなに信用ないかな〜?」
 信用されてると思ってたの?
 喉まで出かかっていた言葉を、サヨは必死に飲み込む。
 困ったように頭をかく彼は、どこかの少女漫画に出てくる彼氏役のようだ。
 お金を払って店を出る。日はまだ高く、人も多い。
「それじゃ、明日。」
「じゃ、またな。」
そう言って、二人は飛び去ろうとした。が、
「待って。」
と、また腕を掴まれ、空中でのけぞる。バランスを崩して落ちなかった。
「なに?」
「俺、雨宮《あめみや》望《のぞむ》。自己紹介してなかっただろ?望って呼んで。じゃ。」
それだけ言って、手を振りながら望は走っていった。
 その背中をサヨは、ボーと見つめていた。
「マイペースな奴だな。な、サヨ。」
そんなユキゲの言葉も届かない。目の前で手を振ってみても、気づかない。
 どんどん小さくなり、人ごみに混ざり消えていく望を、ただただ見つめていた。
「アメミヤ・・・ノゾム。」
そう自分で呟いたのも、気づかないほど、黒髪の人間で頭がいっぱいになっていた。

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