ブラッティ・エンジェル
「サヨ」
フワッと、コーヒーの匂いがサヨの鼻をくすぐった。
 みるみるうちに、目に顔に、サヨが戻ってくるのがわかる。
 セイメイの目が驚きに開かれる。
 雨宮望が、後ろからサヨのことを抱きしめている。
 抱きしめるしかない。望はサヨを見た瞬間、そう思った。それしかないと、思った。
 セイメイは、来るはずがないと思っていた。違う。来て欲しいと思っていた。
「セイメイ、わりぃな。テメェのバラ色ライフはここで終わらせてもらうぜ」
セイメイの肩にとまったのは、息を切らした、しかし、嬉しそうなユキゲ。
「別に、ボクはかまわないヨ。彼女が、彼女でいられるなら、ボクはそれを望むヨ」
セイメイは、二人を見て眩しそうに目を細め、幸せそうに微笑んだ。
 セイメイの言葉を聞いたユキゲは、驚いた間抜け顔になった。
「テメェ、アイツとグルじゃねぇのか?」
「なんのことだい?」
セイメイは、本当に何も知らないというような顔だった。
 突然の出来事に目を丸くしていたサヨは、首だけ動かし後ろを見た。
「望?なんで?椛ちゃんは?」
これ以上開かないぐらい丸く開いたサヨの目には、雨宮望が映った。
 とたん、サヨは正気では出せない絶叫をした。
 セイメイもユキゲも、文字通り飛び上がるぐらい驚いた。
 だけど、望はサヨを抱きしめたままだった。頭を抱えて叫ぶサヨを、正面から抱きしめ直した。
 耳が痛くても。周りの視線が痛くても。サヨを抱きしめた。
「どうしてよ!どうして、私から普通を奪いに来るの!
 望は椛ちゃんと一緒になって、私のことなんか忘れれば良かったのに!
 私の罪が増えなくてすむんだよ!みんなが幸せになる!
 椛ちゃんは望と両相いになれて、セイメイだって私と両想い。ゆずちゃんは私に復讐が出来る。望は私の犠牲者にならなくてすむ。
 そうよ。私たちが離れることはみんなの幸せになる」
サヨは精神的におかしくなってしまったのかもしれない。
 どうして、サヨはここまで抱え込まないといけないんだろう。
 いくら何年生きていたって。いろんなことを知って、経験して、人間じゃなくったって、一人の女の子なのに。
 こんなに、壊れるくらい、なんでサヨにばっかり…。
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