-roop-

無邪気

-------------

行き先を伝えられないまま、誠さんの車に乗り込む。

病院からマンションに向かうときはタクシーだったから、彼の運転する車に乗るのは初めてだった。



病室よりもマンションよりも狭い空間に二人だけ。

心臓がその音を速めて行くのが分かった。



それを隠すように口を開く。


「ね、ねぇ何処行くの?」


「んー?元気が出るところっ」


誠さんは私を見ないまま笑顔でそう答えながらエンジンをかけた。



しなやかにハンドルを滑る誠さんの指。

胸がドクンッと音を立てた。

後ろを確認するときに振り向く顔が近くて、身体が強張る。



何を…何を意識してしまってるんだろう……。



誠さんがする一つ一つの仕種に、自分の心臓が反応してしまうのが信じられなかった。



違う。

違う。

今のは私じゃない。

きっとこの身体が…千夏さんが反応したんだ。


……私じゃ…ない…



甘い疼きを消すように、私は強く拳を握った。



--ごめんなさい誠さん…

いま貴方の隣にいるのは愛しい千夏さんではありません…--



ふと視線を向けた窓側には、悲しい顔をした千夏さんが映っていた。







< 95 / 293 >

この作品をシェア

pagetop