空色幻想曲
 硬い骨ばった手が親指だけで目もとをなぞるように……
 そっと、ひとなでした。

 ぬくもりがフッと消えて魔法が解ける。

「え……?」

 彼は背を向けて立ちあがっていた。

(??? な……なんだったの、今の……?)

 わけがわからないまま広い背中をぼんやり見つめる。離れてしまったぬくもりに独りぼっちでおいていかれたきぶんになっていたら──

「よかった……もう、泣いてないな」

 低いつぶやきが、ポツリ、こぼれ落ちた。

 それは独り言……だと思う。かろうじて聞きとれるか聞きとれないかという小さな小さな、ささやきのしずく。心をくすぐるようにあたたかい波紋が広がって大きくなる。

 ………………

 けっきょく……それ以上の言葉はなくて。
 私もなにも言わなかったし、言えなかった。

 心に浮き立った波紋がなかなか消えてくれなくて──……

 見あげると藍色のヴェールを飾る満天の宝石。
 瞬く音色が聞こえそうなほど、ひっそりとした夜だった。

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