空色幻想曲
     ◇ ◇ ◇

 長い長い回廊の床をかかとで激しく叩きつける。
 心臓が大太鼓のように耳もとで鳴り響いている。
 激しく刻まれる不気味なビートに胸をかきむしりたくなりながら今はただ、走る。

 終わりはまだ見えてこない。

『勝手知ったる我が城』で、これほどこの回廊を果てしなく感じたのは

──二年前のあの日、以来だ。

 途中でダリウスとすれ違ったけれど、すでに報せを聞いているのだろう。今だけは私のはしたない行為を叱りつけることなく見て見ぬフリをしてくれた。

(ありがとう、じいや)

 遠くなる黒のスーツを一瞬だけふりかえって心の中でつぶやいた。

 目的地が近づくにつれて体から噴きでる汗が冷たくなる。
 あの日と同じ、あのときと同じ、この感覚。

 いつもと変わらない朝だったのに。
 いつもと変わらない日課をこなしていたのに。

 日常は、闇を連れてくる黄昏(たそがれ)時に崩れ去った。
 鉄仮面のシレネがめずらしく眉根をよせて言いにくそうに告げた。
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