空色幻想曲
 お祖父様のことは神官長にまかせて、私と大叔父様は視察のうちあわせもあり早々に部屋を立ち去った。

「大叔父様、お祖父様を説得してくださってありがとうございます」

 部屋を出た扉の前で軽く頭を下げた。

「いえ、私も孫娘を持つ身で兄上のお気持ちは充分わかるのですが……あまり過保護にしては国のためにも、王女様ご自身のためにもなりません」

 さすがは王国の頭脳(ブレーン)。いつでも冷静さを失わない。けれど、決して冷たいわけではない。

 お祖父様が私の身を案じてくれたのなら、大叔父様は私の意見を尊重してくれたのだ。形はちがうけれど、どちらの厚意も胸をあたたかくした。

「兄上もおっしゃっていたようにくれぐれも無茶はなさいませんように。私はあなたのことも、もう一人の孫娘のように思っておりますゆえ」

「ええ、わかっています」

 優しい紫の視線にしっかりとうなずいた。

 崩れ去る日常。
 止まらない時間。
 なにかが目まぐるしく動きだす予感。

 見えないうねりに呑みこまれそうな不安の中でそれでも変わらず私を想ってくれる人たちがいるから、自分は大丈夫だ、と背筋を伸ばした。

 また新しい日常が始まるのだ。

 かすかな胸の高鳴りを鎮めるように、ひやりとした風が通りすぎる。空気ぬきのためだろうか。回廊の窓の一つが開け放たれていた。

 髪をなでる心地いい──夜風。

 そこでやっと思いだした。


 私は今日、

 初めて、



 リュートとの修行の約束を破ってしまった。



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