空色幻想曲
「…………わかりません」

 やっとしぼりだした言葉は小さくて、けれど自分でも驚くほどに低い声だった。

「ティア?」

「お母様のおっしゃることでも……それだけは……わかりません!!」

 部屋の中が静かなせいか、やけに大きく反響した。生まれて初めて……かもしれない。お母様に対してこんなに声を荒らげたのは。

「ティア……」

 消えいりそうな弱々しい声にハッとして、乱れていた呼吸をなんとか整える。

「……式典の準備がありますから、失礼します」

 それが精いっぱいだった。きっと、これ以上なにかをしぼり出そうとしたところで今は泥水しかあふれてこない。

 お母様の顔を一度もふりかえることなく、静かに部屋を後にした。


 廊下に出た途端ユラユラぼやけていく視界に浮かんだのは、花の中でほほ笑む……お父様。
 それもすぐにじんで熱いものが噴きでそうになったのをごまかすように目を閉じた。

『決して魔族を憎んではいけません』

 頭の中に直接響いてくる“言の刃”が、今もなお、無数の矢となって攻め立てる。

 どうして?
 どうしてお母様はあんなことを言うの?
 どうしてあんなことが言えるの?

 伯母様とお父様を殺されて。
 そのせいで病に倒れて。
 ときどきお部屋で泣いているのを私が知らないわけがない。

 それなのに……

『憎しみからはなにも生まれないわ』

 ……なにも、生まれない。
 そうよ、確かにそうだわ。お母様は正しい。

 でも!

 この心にあるグチャグチャなきもちはどうすれば消せるの!?

 吸いあげた泥水が暗く、深い、うねりとなって胸の中をうず巻く。
 (いきどお)りとも悲しみともつかない吐き気をもよおすような……ドス黒いもの。

 ──私が“慈愛の女神”?
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