空色幻想曲
「あの……リュート=グレイ様。このたびは就任おめでとうございます」

 しばらく遠巻きに見ていたらしい貴婦人が丁寧な物腰で挨拶にきた。

 いや、人違いだ。俺はリュートじゃない。ただの平民Aだ。構わないでくれ。
 ……と言えるはずもなく。

「あ、ああ。ありがとう……ございます」

 むずがゆい。自分の口から出てきた丁寧語が、なんともむずがゆい。

「お噂は伺っておりますわ。異例の飛び級だとか。誉れ高いことですわね」

「はあ……いや、はい」

 一人が話しかけることが合図だったのか、一人、また一人と貴婦人が寄ってくる。
 再び、蜜に群がる蟻状態。

 ということは、俺が蜜か?
 喰われるのは俺か?

 ──俺は甘くないぞ。

「ダンスはお好き? どなたかと踊られませんの?」

「いや、踊りは得意ではない、ので……」

「よろしければ、私が練習台になって差し上げましょうか?」

「あ、いや、その……レ、レディを練習台になど……無礼は致しかねる」

「まあ! 貴方がお相手なら、ここにいる者は皆喜んで練習台になりますわよ」

「ははは……。こ、光栄なことだ」

 顔が引きつる。
 声が上ずる。
 歯が浮く。
 どんな大根役者でも、きっと今の俺よりは百倍マシな演技をするに違いない。

 どうにかしてこの状況から逃れたくて視線を泳がせた。
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