今日、世界は終わるのだ


男の包帯を全部解いて、温めたタオルで体を拭く。
その度に、抑えたような悲鳴が上がった。

「黙れ。喚くな」
「テメ、が乱暴なんだっ」

昨日は全部脱がせたが、さすがに本人の意識がある時に全裸に剥くのは抵抗があるので、一部は隠して。
呻いて、歪む。
その顔は扇情的で、私はなるべく体だけを見るよう努めた。

耳の裏から足の指の隙間まで拭いて、無数の傷を消毒して包帯を巻く。
髪に隠れた首筋の傷に触れながら、ふと視線が絡まった。
互いに視線の糸を絡ませたまま黙りこむ。
灰緑の瞳の端、目尻の小さな切り傷に気付いて、舐めた。
私の行動を理解出来ない男の、驚きつつも睨むような視線に無表情で応えながら、男の肢体の側に手をつけば。

――凶暴な獣を組み敷いた気分だ。

「消毒」

無駄に絡まった糸を引き千切り、痛みに呻く男をベッドへ。

私は、――なにかを誤魔化すかのようにキッチンへと隠れた。
ぐるぐる脳裏を廻る男の為に、シチュー皿にストアで買った臨時病人食を盛り、煙草を咥え再び寝室へ戻る。

「…なんだよ、コレ」

私の手にした皿を見るなり、男は茶金の眉を思い切り中央へ寄せた。

「離乳食」

ベッド脇の椅子に胡座をかいて半固形の物体をスプーンで掬い上げる。

どろり。激しくまずそう。

「ざ、けんな。誰が、食うかっ」

熱に浮かされた表情で拒否されても、全く効果はないが、スプーンを近付けると顔を反らす。
子供か。
呆れながらもスプーンを押し付ければ、スプーンとの距離が縮まるに比例して男の眉もくっついていく。
面白い。

「食べな」
「いやだ」
「オートミールと変わんないよ」
「あんなもん、人間の食いもんじゃねぇ」

本格的に幼児化してる気がする。
まぁ確かに、ミルク色をしたヘドロの物体に食欲はそそられない。

(おかゆの方がまだマシだったかな)

考えながら一口、食べてみた。
その様子を、おぞましい物でも見るように男は眺めている。
確かに、美味とは言えないが、食べさせないわけにもいかないわけで―――。

「煮崩れたシチューと思えば……」
「それはシチューじゃねえ」
「食べなよ。怪我人が好き嫌いぬかしてる場合?」

睨みつけて、再びスプーンで離乳食をすくって突きつけた。
男はたっぷり時間を掛けて、スプーンを咥内へと運ぶ。

(その顔、サイコーに笑える)

「……吐きてぇ」

なんとか全て腹の中に納めさせ、私は一服した。
ドラッグストアで買ってきた鎮痛剤を飲ませたので、効けば少しは眠ることができるだろう。

「吐いたらまた食わせるよ」

煙と共に出た私の言葉に、男は心底嫌そうな顔をした。
その表情が本当に子供っぽくて、私は煙草を唇に挟んだまま笑ってしまう。
空になった皿を一瞥して煙草を咥えなおすが、相変わらず雨音を耳にしながらの煙草は不味かった。
雨は、嫌なことしか運んでこない。
だからと言って、カラカラに晴れた空が好きだとは言えなかった。
吐いた紫煙が、少しだけ開いた窓から逃げる。

――憂鬱。


「ねぇ、名前は」

だからってわけじゃないけど。

「さっき、いらねぇっつったじゃ、ねぇ、か」
「不便。ニックネームとか?」
「……あるかよ」
「ああ、そ」

ならば、適当に呼ばせて頂こう。
ったく、こんなオコチャマの相手なんかしてられない。

「頭いてぇ……」
「熱のせいだよ。くっちゃべってないで、もう寝な。もう少ししたら、薬も効いてくる」

乱れたシーツを整えてやれば。

「口の悪い女だな、っ」
「どうも」
「褒めてねぇ」

喋らなきゃいいのに。

「……寝なよ」

そして早く部屋から出て行ってくれ。頼むから。




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