サクラリッジ
1:二十世紀の終わりに

すでに終わった未来から

彼女は自殺した。
いや、男と一緒に死んだらしいから、心中か。
彼女とはさして親しくもなかったが、そういう話が届く程度には交流があった。
インターネット上で知り合って、何度となく話をしたものだ。
彼女はネット上では社交的で、私を除いても両手で数えきれないくらいに知り合いがい
た。
友達といわなかったのは、彼女自身がそう言っていたからだ。
私が、友達がたくさんいて人気者だと言ったときに、彼女は「別に友達じゃないんよ。同
じような境遇や、同じ病気を抱えてるもの同士で傷をなめあってるだけだから」と返し
た。
勝手に、社交的で優しくて誰からも好かれる人物と決めつけていた私にとって、彼女の冷
めた考察はショックだった。
優しいのも社交的なのも、決して間違いではないと今はわかる。
しかし、当時の私には決定的に彼女について誤解があったこともまた、今はわかったの
だ。

彼女は病んでいた。

当時の私は、鬱病を患っている人との交流が多かった。
ネットを始めたばかりで、何もかもが新鮮だった。
鬱病というのはテレビや新聞でしか見聞きすることのない未知の世界だった。
ホームページを巡り、チャットに参加し、ネット上での知人、友人が増えていった。
その中で、鬱を患う人と知り合ったのだ。
私には無縁で遠い世界の出来事のようだったが、どういうわけか私はその入口をうろつい
ていたのだ。
私は、ビュネと名乗る人物と知り合った。
男を装いチャットに現れたビュネと、私はすぐに打ち解けたのだ。
何がきっかけかはもはや忘却の彼方だが、私はビュネに気に入られた。
私は面白い男らしいが、何が面白かったのかは今もってわからない。
理由を聞いてみたことがあるが、聞かなきゃよかったと思うような返事がかえってきた。
内容はあまり憶えていないが、長々と語る割には何の説明にもなっていなかった気がする。

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