I love you(短編集)


ちりん、と

戸にかけた鈴が鳴り、来客を告げる。


朝から降り続けている激しい雨の所為で客の入りは悪く、俺は暇を持て余していた。そんななか響いた鈴の音に、裏で呑気に雑誌を読んでいた俺は、慌てて立ち上がり、店に出た。



客、と思うそれよりも。

胸をかき乱す小さな希望の方が、先に立つ。



ふわりと香る花の香と共に、その人はあらわれた。


純白のワンピースからすらり伸びた手足、淡い照明を浴び滑らかに輝く、腰まで届きそうな黒髪。


長い睫毛と、アーモンド色の瞳

濡れたように艶やかな桜色の唇、白い肌。




…雨の日に必ず訪れる、彼女。



軽く会釈をすると、いつもの席―出口に近い窓際―に音もなくしずかに座り、机の上に本を置き、オーダーの為に近づいてきた俺に柔らかく微笑む。


…俺はいつだって、その微笑に、心をとろかせていた。



ご注文は、と極めて平静を装い言った一言から、いつもの会話が始まる。


再び柔らかく微笑んだ彼女の唇が、ゆっくりと動く。





――激しく窓を叩く雨の音が、この騒がしい鼓動を隠してくれたら、と。



あたたかな幸せに浸りながら、柄にも無く、自棄にセンチメンタルにそんな事を思った。











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