一木くん
「何か良い本、あった?」

「わっ、一、木」

わああしまった、つい考えふけっていたものだから、あからさまに驚いてしまった。これでは私が悩んでいるということが彼に悟られてしまうじゃないか。よし、まずは一呼吸して落ち着こう。

「…いや、特にないかな」

「へぇ、だけどこれとか好みなんじゃないか、日野?」

彼が差し出したのは、日常の些細な謎を解いていく推理小説。
ああこれは私が前々からチェックしていたやつだよ…とはさすがに言い出せず、本当だ面白そう、と無難に返事を返した。

あれ、ちょっと待て。
いつもの一木に戻っているではないか。さっきまでの不機嫌そうな一木はどこへ行った。
ああ、こういう場合ってまさか…

「もしかして一木、実は遅刻したこと怒ってたでしょう」

一木は少し目を見開き…そう、まさに驚いたという顔をした。
図星、ね。

「…かなわないなぁ、全く」

「そりゃそうだよね、4回もデートに遅刻されて怒らない人なんて…」

「いや、そうじゃなくて…」

「え、じゃあ、どうして不機嫌だったの?」

「うーん…あのな、別にすごく怒っているわけじゃないんだ。日野に遅刻癖があるのは前から知ってたしさ。ただ、何で毎回遅刻してくるんだろう、もしかして俺と合うのが面倒なのかな、って。その…少し寂しい気持ちになったんだ。怒りは、面倒なら正直に言ってくれよっていう気持ちから来る怒りだよ。」

怒りだけに目を向けるのではなく、その怒りには寂しさも含まれているというところにまで気付くことができる、さすが一木だと思った。

「ほら、前に言ってただろう?前付き合った奴とは会うのが面倒になって結局別れちゃったんだ、って」

へらっと笑いながら言うのは、一木の癖。負の感情はいつも笑顔で隠そうとすんだ、私にまで隠さなくても…良いのに。


「あのね、私、」

「あ、ちょっと待って。外…出ようか。周りが」

制服を着た女の子たちが好奇心いっぱいの目線を私たちに向けていた。
これは、恥ずかしい。

「うん」



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