その唇、林檎味-デキアイコウハイ。
 何という偶然。願ったり叶ったりの未沙は、まだ隣で騒ぎ続けている。まさか、絶対有り得ないと思っていたらこの仕上がり具合だ。どういうことだ。

 そもそも星丘 惺って、どんな人だったろう。未沙が時々見せてくる写メなんかも全て流してしまっていたから、具体的な顔が浮かんでこない。


「ほら、あっちあっち!」

「えー、どこ?」

「もっと右!……あぁ、見えなくなっちゃった…」


 必要最低限の人間関係しか築いていない私みたいな人間には、直接関わったことのない人の顔と名前を一致させるのは、なかなか困難だ。

 彼女がどんなに騒ごうと、覚えていないのは仕方ない。


「もう、本当かっこよかったのに!」

「ほうほう」

「凛呼はそういうのに興味がなさすぎるの!」


 ……事実、そうである。クラスの男子も苗字しか分からない人が殆どだし、芸能人なんかも名前さえ分からないという始末。

 親からも将来結婚出来るのかと心配されている。失礼極まりないのだが、正直自分でも不安を抱いている。


「まぁ同じ校舎にいれば、また拝む機会くらいあるでしょ」

「何言ってるの!一年は五階であたしたち二年は三階。そうそう会う機会なんてないんだから!」


 間髪入れず反論してきたあたり、これは本当に稀な機会だったらしい。

 そういえば、前に教室に見に行けばいいじゃないかと言った時に、そんなのマナーのなってない人達がすることだ、と猛反論されたことがあったような気がする。


「大体ねぇ、凛呼は…」


 ぶつくさと長ったらしい説教のようなものを始めた未沙を、このホームから二つ後の駅辺りまでは放置することに決めた。
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